あらすじ
成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。全員で内定を 得るため、波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。それは、「六人の中から一人の内定者を決める」こと。仲間だったはずの六人は、ひとつの席を奪い合うライバルになった。
感想
(ネタバレなし)
自分好みな作品をフルコースとして提供されたようなもので、ページをめくる手を止められず、先が気になって一気に読破。
読み初めの1行目から最後の1行目まで、ジェットコースターのように一瞬だった。
まず、「良かったら全員内定出す」と言っておいて皆が十分仲良くなった後、直前で「内定者は1人だけ」というルール変更が告げられる途轍もなく悪趣味な導入が最高に心躍る。
メインどころはこのグループディスカッションであり、ここが最大の見所。
若い人が汚い大人たちによって理不尽な状況下に放り込まれ、生き残りをかけた椅子取りゲームをさせられると言えば現代版バトルロワイアルとも言えるし、頭の回転が早い人たちの密室の会話劇と言えば密室殺人ゲーム王手飛車取りを彷彿とさせる。
本書は二部構成になっており、一部は一応起承転結として完了する。一部だけでも十分面白いが、そこから伏線回収として二部もダレることなくむしろ加速する。
一部のある人物の初登場シーンに「こいつ黒幕だろう」と思ってたら「ほらやっぱり」と思わせる部分があり、鬼の首取ったかのようにドヤ顔でいたらそれは完全に著者の罠で、二部で待ってましたかと言わんばかりに否定され、そこからは驚きの連続で、あれも伏線、これも伏線というミスリードのオンパレード。著者の手の平で転がされまくって、結果、起承転結転転結と行った構成は見事としか言いようがない。
ラストも説明台詞で終わらせず、考察の余地を残させる発言や行動で締め括るあたり美学を感じ、これだけお腹いっぱいになったにも関わらず、余韻を残し、行間を読ませるサービスを提供をするあたり、もはや芸術の域に達しているとさえ思った。
人事の後半のインタビューも読み応えがあって、本屋で並んでる人事の面接必勝法なんかよりよっぽど役に立つんじゃないかと思わせるあたり、全て著者の小説家としての才と文章の巧さがあるわけで。
ストーリーが面白い上にメッセージ性もしっかり乗せてくるという、もはや末恐ろしく、次回作がいつ出るかチェックせざるを得ない作家の1人となってしまった。
テーマは「人の本質を見抜く」。
人の本質なんてわからない。他人の1面だけを見て判断してはいけない。割と使い古されたテーマで、このサイトでも「ソロモンの偽証」や「カラフル」の感想で散々書いが、本書の「就活」が舞台の物語には凄く合致したテーマ。
「就活」と言えば、朝井リョウ氏の「何者」の感想を書いたのが6年前で、6年経った今、付け加えるとすれば、就活は学生と企業の「騙し合い」であるのは無論その通りだとは思うが、やはりそれがなくならないのは「騙し合い」が上手い人こそ社会で活躍しやすいからなんだろう。
何も学生側に限った話ではない。企業側も同じ。自社をより良く魅せることが出来たのであればそれだけ優秀な人材が集まり、結果良い企業へと成長する。
就活における「騙し合い」は現象としては間違ってるが、本質としては正しい。というのが個人的な落とし所。
社会に出ても「騙し合い」は続く。むしろそこからが本番。
明らかに間違ったことを言ったり、誰かを傷つけたり、ネガティブな事態に見舞われたとしても、きっとどこか折り合いをつけて、割り切った考えが自然と湧いてくる。
自分の意見を堪え、顔で笑って心で泣きながら本音をひた隠し、自分でも気付かぬうちに少しずつねじ曲がっていく。それが自然に出来るならば社会人として優秀なんだろう。それこそ就職前と就職後で大きく印象の変わった人物のように。
(以下ネタバレあり)
ストーリーもジェットコースターであるが、感情の行き着くところもジェットコースターで「全員良い奴」→「いや全員悪人」→「いややっぱり全員善人」からの最後の腹黒大魔王の手紙で「いや、やっぱりそういうことでもないよね」という着地が素晴らしい。
性善説→性悪説→性善説と来て「それって極論だよね」と哲学を嘲笑う様な終わり方が絶妙に心地良い。そして先にも書いたが、それらを説明台詞で終わらせないところが秀逸。
絶対的な悪人はいなければ、絶対的な善人もいない。人間だから欲もあるし。誰もが自分が一番可愛いのが事実で。
蔦が出されなかった波多野の手紙を読んで、妹に「好きだった」と伝えるのはそこまで完全にイノセントな存在として認識していた波多野に、自分と同じ人間味を感じたから。
また、面接にて自称洞察力の優れた学生が企業側の嘘を全く見抜けずにいた姿に思わず合格させたのは、自分と重ね合わせて、波多野同様に人間味を感じたから。
というのがまぁ個人的な解釈。
手紙が人事に出されなかったのは、皆の過去を波多野が調べていくうちに決して皆悪人ではないことを知って、その気が失せたというのを他者様のサイトの感想で見て妙に納得。
褒めすぎているのであえて重箱の隅をつくのであれば、パスワードを3回間違えたらデータ消去させるUSBは流石に現実味が無い。いくら波多野が優秀な学生とはいえそれを作るのはすごく手間がかかりそうだ。そもそも「パスワード入れないと開かない」だけで十分では。
あと、完全に偏見ではあるがリアルに公務員の妹を持つ身として言えるのはこんなにしゃしゃり出る女は公務員にならねぇよってのが精一杯のツッコミどころくらい。
波多野が犯人がわかった瞬間に「アリバイが崩せないから」と「好きだったのに裏切られた失望」で罪を被り、死ぬほど入りたかった企業の選考を諦めるのはやはり、「蔦衣織を犯人と勘違いしてでも心から好きだったから譲る気持ちが芽生えた」の方が好みだったかも。まぁそれだとミスリードにはならないが。
ミステリーにおける犯行動機は凄く大事で、それがぼやけていると全体に影響すると思うが、九賀の犯行動機は凄く納得。蔦への独白シーンは好きで何度も読み返した。
蔦の封筒の中身を教えず自分のお陰で入社出来たからそれくらいの業を背負えという台詞が最高。そして物語の推進力が「真犯人が誰か」から「蔦の封筒の中身は何か」へと変わる。その封筒の中身すらもミスリードになっているという完璧なオチ。
最後に、唯一の心残りは明かされずに終わった九賀が調べた「裏でとんでもない非道を働いていた」という波多野の過去は一体何だったのか。
これもこれだけフルコースの料理を堪能出来たんだからそれくらい明かされないくらいがフェアでしょと九賀から紙の文字越しに言われてる気がして蔦同様、身動きが取れずにいるのである。
面白かった。生涯ベストは20年以上前に読んだバトル・ロワイアルで、危うくその牙城を崩されるかと思った。暫定2位。凄い。
★★★★★(5点)
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成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。全員で内定を 得るため、波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。それは、「六人の中から一人の内定者を決める」こと。仲間だったはずの六人は、ひとつの席を奪い合うライバルになった。
感想
(ネタバレなし)
自分好みな作品をフルコースとして提供されたようなもので、ページをめくる手を止められず、先が気になって一気に読破。
読み初めの1行目から最後の1行目まで、ジェットコースターのように一瞬だった。
まず、「良かったら全員内定出す」と言っておいて皆が十分仲良くなった後、直前で「内定者は1人だけ」というルール変更が告げられる途轍もなく悪趣味な導入が最高に心躍る。
メインどころはこのグループディスカッションであり、ここが最大の見所。
若い人が汚い大人たちによって理不尽な状況下に放り込まれ、生き残りをかけた椅子取りゲームをさせられると言えば現代版バトルロワイアルとも言えるし、頭の回転が早い人たちの密室の会話劇と言えば密室殺人ゲーム王手飛車取りを彷彿とさせる。
本書は二部構成になっており、一部は一応起承転結として完了する。一部だけでも十分面白いが、そこから伏線回収として二部もダレることなくむしろ加速する。
一部のある人物の初登場シーンに「こいつ黒幕だろう」と思ってたら「ほらやっぱり」と思わせる部分があり、鬼の首取ったかのようにドヤ顔でいたらそれは完全に著者の罠で、二部で待ってましたかと言わんばかりに否定され、そこからは驚きの連続で、あれも伏線、これも伏線というミスリードのオンパレード。著者の手の平で転がされまくって、結果、起承転結転転結と行った構成は見事としか言いようがない。
ラストも説明台詞で終わらせず、考察の余地を残させる発言や行動で締め括るあたり美学を感じ、これだけお腹いっぱいになったにも関わらず、余韻を残し、行間を読ませるサービスを提供をするあたり、もはや芸術の域に達しているとさえ思った。
人事の後半のインタビューも読み応えがあって、本屋で並んでる人事の面接必勝法なんかよりよっぽど役に立つんじゃないかと思わせるあたり、全て著者の小説家としての才と文章の巧さがあるわけで。
ストーリーが面白い上にメッセージ性もしっかり乗せてくるという、もはや末恐ろしく、次回作がいつ出るかチェックせざるを得ない作家の1人となってしまった。
テーマは「人の本質を見抜く」。
人の本質なんてわからない。他人の1面だけを見て判断してはいけない。割と使い古されたテーマで、このサイトでも「ソロモンの偽証」や「カラフル」の感想で散々書いが、本書の「就活」が舞台の物語には凄く合致したテーマ。
「就活」と言えば、朝井リョウ氏の「何者」の感想を書いたのが6年前で、6年経った今、付け加えるとすれば、就活は学生と企業の「騙し合い」であるのは無論その通りだとは思うが、やはりそれがなくならないのは「騙し合い」が上手い人こそ社会で活躍しやすいからなんだろう。
何も学生側に限った話ではない。企業側も同じ。自社をより良く魅せることが出来たのであればそれだけ優秀な人材が集まり、結果良い企業へと成長する。
就活における「騙し合い」は現象としては間違ってるが、本質としては正しい。というのが個人的な落とし所。
社会に出ても「騙し合い」は続く。むしろそこからが本番。
明らかに間違ったことを言ったり、誰かを傷つけたり、ネガティブな事態に見舞われたとしても、きっとどこか折り合いをつけて、割り切った考えが自然と湧いてくる。
自分の意見を堪え、顔で笑って心で泣きながら本音をひた隠し、自分でも気付かぬうちに少しずつねじ曲がっていく。それが自然に出来るならば社会人として優秀なんだろう。それこそ就職前と就職後で大きく印象の変わった人物のように。
(以下ネタバレあり)
ストーリーもジェットコースターであるが、感情の行き着くところもジェットコースターで「全員良い奴」→「いや全員悪人」→「いややっぱり全員善人」からの最後の腹黒大魔王の手紙で「いや、やっぱりそういうことでもないよね」という着地が素晴らしい。
性善説→性悪説→性善説と来て「それって極論だよね」と哲学を嘲笑う様な終わり方が絶妙に心地良い。そして先にも書いたが、それらを説明台詞で終わらせないところが秀逸。
絶対的な悪人はいなければ、絶対的な善人もいない。人間だから欲もあるし。誰もが自分が一番可愛いのが事実で。
蔦が出されなかった波多野の手紙を読んで、妹に「好きだった」と伝えるのはそこまで完全にイノセントな存在として認識していた波多野に、自分と同じ人間味を感じたから。
また、面接にて自称洞察力の優れた学生が企業側の嘘を全く見抜けずにいた姿に思わず合格させたのは、自分と重ね合わせて、波多野同様に人間味を感じたから。
というのがまぁ個人的な解釈。
手紙が人事に出されなかったのは、皆の過去を波多野が調べていくうちに決して皆悪人ではないことを知って、その気が失せたというのを他者様のサイトの感想で見て妙に納得。
褒めすぎているのであえて重箱の隅をつくのであれば、パスワードを3回間違えたらデータ消去させるUSBは流石に現実味が無い。いくら波多野が優秀な学生とはいえそれを作るのはすごく手間がかかりそうだ。そもそも「パスワード入れないと開かない」だけで十分では。
あと、完全に偏見ではあるがリアルに公務員の妹を持つ身として言えるのはこんなにしゃしゃり出る女は公務員にならねぇよってのが精一杯のツッコミどころくらい。
波多野が犯人がわかった瞬間に「アリバイが崩せないから」と「好きだったのに裏切られた失望」で罪を被り、死ぬほど入りたかった企業の選考を諦めるのはやはり、「蔦衣織を犯人と勘違いしてでも心から好きだったから譲る気持ちが芽生えた」の方が好みだったかも。まぁそれだとミスリードにはならないが。
ミステリーにおける犯行動機は凄く大事で、それがぼやけていると全体に影響すると思うが、九賀の犯行動機は凄く納得。蔦への独白シーンは好きで何度も読み返した。
蔦の封筒の中身を教えず自分のお陰で入社出来たからそれくらいの業を背負えという台詞が最高。そして物語の推進力が「真犯人が誰か」から「蔦の封筒の中身は何か」へと変わる。その封筒の中身すらもミスリードになっているという完璧なオチ。
最後に、唯一の心残りは明かされずに終わった九賀が調べた「裏でとんでもない非道を働いていた」という波多野の過去は一体何だったのか。
これもこれだけフルコースの料理を堪能出来たんだからそれくらい明かされないくらいがフェアでしょと九賀から紙の文字越しに言われてる気がして蔦同様、身動きが取れずにいるのである。
面白かった。生涯ベストは20年以上前に読んだバトル・ロワイアルで、危うくその牙城を崩されるかと思った。暫定2位。凄い。
★★★★★(5点)
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